大阪高等裁判所 昭和37年(う)1033号 判決
判決理由〔抄録〕
被告人は自動車運転者であるが、昭和三六年八月二八日午前八時二〇分頃大型貨物自動車(大一―二〇〇五八号)を運転し、広島県呉市内の国道三一号線(幅員約一〇メートルの平坦道路で中央部約六メートルはアスファルト舗装が施されているが、両端各約二メートルは非舗装である)のセンターラインの内側(左側)を同ライン寄りに法定最高速度以内である時速四、五〇キロメートルで南進し、同市梅木町七番地先にさしかかった際、前方約三五メートル余の同道路反対車道を時速約六〇キロメートルで北進して来る長田彦三運転の軽自動三輪車を認めたが、同車が反対車道上を進行しているので無事これと離合し得るものと考え、そのまま南進を続け、一五、六メートルぐらいまでに接近したところ、右対向車が突如センターラインを越え、前記の如き高速度のまま自車の進路に進入して来たので、被告人は衝突の危険を感じ、直ちに急停車のブレーキをかけると同時にハンドルを左に切ったが及ばず、自車の右側荷台前部アングル付近に対向車の前部が衝突し、その結果、右対向車の運転台に乗っていた前記長田彦三は右第三ないし第一二肋骨骨折等の重傷を負い、同日午前八時五〇分頃同市東二河通五丁目五番地呉共済病院において右傷害に基因する外傷性ショックにより死亡したものである。
そこで右事故の発生に関し被告人の過失の有無について検討してみる。まず前記当審の検証調書によって本件現場付近の状況を見ると、本件衝突地点の北方約八〇メートルと同地点の南方約六〇メートルとの間の約一四〇メートルの区間は被告人の自動車の進路から見て右側に彎曲しているが、その彎曲の程度は極めてゆるく、その間を進行中の車両は一〇〇メートル以上前方の反対車道上を進行中の車両を優に見透し得るほどで、その間に人家が建ち並んでいるけれども、検察官が公訴事実において主張し原判決もそのまま肯定したような前方の見透しの困難な場所では決してない。このことは前記実況見分調書に添付の図面第一によっても容易に推測しうるところであって、同調書本文の現場の模様欄にあるカーブのため見透しが少し困難である旨の記載は到底信用できない。従って、本件道路が現場付近において前記のように彎曲しているからといって、それだけの理由で直ちに被告人に徐行義務があるということはできないし、又センターラインの内側を進行するだけでは足らず、できるだけ道路の左に寄って進行すべき義務があるということはできない。なるほど本件事故現場の北方約八〇メートル及び南方約六〇メートルの各彎曲始点には「注意徐行」と表示した標識が立てられているが、これとても公安委員会の設置した制規の標識ではなくて単に所轄警察署が便宜、注意的に設置したものに過ぎず、却って右彎曲区間内には「速度を守ろう」と書かれた立札も設置されているぐらいで、通常の交通状況のもとにおいては、自動車の運転者としては法定の最高速度(右区間については公安委員会による最高速度の制限はないから、道路交通法施行令一一条により被告人の自動車の最高速度は毎時五〇キロメートルである)を遵守して運転すれば足り、常に徐行の義務があるとすることはできない。しかも、被告人が自車の前方約三五メートル余の反対車道上に長田彦三運転の対向車を認めたときには、前認定のように、同車は反対車道上を進行しており、被告人はセンターラインの内側を進行していたのであるから、被告人としては、前記の如き見透し状況のもとにおいて、対向車の運転者長田彦三においても、被告人の自動車を認めていてそのまま反対車道内での進行を続けてくれるものと考え、無事に離合できるものと判断し、徐行等の措置をとらないでそのまま進行を続けたのは、むしろ当然であり、彼我の間約一五、六メートルの近距離に接近して突如対向車がセンターラインを越えて自車の進路内に進入して来ようとは被告人として到底予見し得なかったところであり、かつ、これを予見しなかったことについて過失がないものといわざるを得ない。そして、被告人は対向車が自車の進路内に進入して来るのを目撃するや、衝突の危険を避けるため、直ちに急停車のブレーキをかけると同時にハンドルを左に切ったのであって、その措置は前認定の如き状況のもとにおいて適切であり、被告人にはこの点においても過失がない。